2011年10月25日
夫のお土産【Ⅱ】
前の記事で妙円寺参りのことを書きました。
夫がボソッと云ったことです。
行進してきた老若男女の代表が、神社の境内で祭文を読んでいる時、
近くの特設?舞台ではフラダンスなどの披露があり、音楽なども聞こえてきて、
その同時進行に違和感を覚えたそうです。
妙円寺参りの存在は知っていても、詳しいことは知らない私、
ネットで調べてみました。
明治の初めまで続いた廃仏毀釈で廃寺になった妙円寺。
その跡に建立された徳重神社。
後になって徳重神社の西側に妙円寺は建立。
妙円寺参りと銘うって徳重神社に参拝する・・・・・。
このあたりに色々な問題をかかえている?ようです。
以前は島津義弘が関ヶ原の戦いで奇跡的な生還を遂げた旧暦9月15日
(14日とも)を新暦のその日にあたる10月末に妙円寺参りの日としていたそうです。
現在は参加しやすいように10月の第四土、日の二日間となっています。
進行をとり仕切る関係部署のほうで「お祭り」と「伝統行事」が上手くかみ合う形で
企画してくだされば、と思うのですが・・・・・。
人は過去を背負って未来に生きる存在、歴史の重みの感じ方は人それぞれ、
今流行りの「絆」と云う言葉は時の流れの真実の上にも育つと考える私。
夫のお土産話に耳を傾けながら、考えさせられることでした。
夫がボソッと云ったことです。
行進してきた老若男女の代表が、神社の境内で祭文を読んでいる時、
近くの特設?舞台ではフラダンスなどの披露があり、音楽なども聞こえてきて、
その同時進行に違和感を覚えたそうです。
妙円寺参りの存在は知っていても、詳しいことは知らない私、
ネットで調べてみました。
明治の初めまで続いた廃仏毀釈で廃寺になった妙円寺。
その跡に建立された徳重神社。
後になって徳重神社の西側に妙円寺は建立。
妙円寺参りと銘うって徳重神社に参拝する・・・・・。
このあたりに色々な問題をかかえている?ようです。
以前は島津義弘が関ヶ原の戦いで奇跡的な生還を遂げた旧暦9月15日
(14日とも)を新暦のその日にあたる10月末に妙円寺参りの日としていたそうです。
現在は参加しやすいように10月の第四土、日の二日間となっています。
進行をとり仕切る関係部署のほうで「お祭り」と「伝統行事」が上手くかみ合う形で
企画してくだされば、と思うのですが・・・・・。
人は過去を背負って未来に生きる存在、歴史の重みの感じ方は人それぞれ、
今流行りの「絆」と云う言葉は時の流れの真実の上にも育つと考える私。
夫のお土産話に耳を傾けながら、考えさせられることでした。
Posted by マーサ at 12:41│Comments(0)
│自分のなかでの?と思うこと